天海祐希 宝塚時代最強最短伝説・動画有り!媚びない姿勢は昔から?

Pocket

スポンサーリンク

出典:Amebaグルっぽ

天海祐希さんの宝塚時代には伝説があります。宝塚時代も人気度が凄かった!無料で動画は観られるの?「ゆりちゃん」の愛称で大人気だった天海さんは宝塚時代どんな役を演じたの?伝説のタカラジェンヌ・天海祐希さんの宝塚時代の人気度やネット上の画像を調べました。

スポンサーリンク

天海祐希伝説その1 宝塚音楽学校トップ入学!

天海祐希さんが凄いのは、まず宝塚音楽学校に現役トップで合格したことです!

宝塚音楽学校の倍率が高いのは有名ですよね。

2019年度生の倍率は24.1倍!

965人の受験者に対して合格者はたった40人です。

試験の内容は。

1次試験
2019年3月20日(水)(東京会場)
2019年3月22日(金)(宝塚会場)

面接。(容姿、動作、態度、話し方、華があるかなどの適正が見られます。)

2次試験
2019年3月24日(日)
2019年3月25日(月)

歌唱(課題曲。音程や音量、声の質を診査。)

舞踊(リズム感や柔軟性、運動能力などを審査。)

3次試験
2019年3月27日(水)

最終面談と健康診断。

合格発表
3月28日(木)10:00

ただ歌やダンスが上手なだけではダメなんです。

スターになり得る素材であるかどうかを、プロの目で確かめられるわけです。

しかも、3月になってからのハードなスケジュール。

たいていのジェンヌは高校在学中に受験するそうです。

天海さんも高校2年で受験し、トップ合格。

当時の理事長、植田紳爾さんが、天海さんのお母様に、

「よくぞ彼女を産んでくださったね!」

と頭を下げたという伝説があります。

ただ、これには別のウワサもあります。

トップ合格は出来レースだった、というもの。

もともと天海さんはジェンヌになりたくなかったけれど、スカウトされたというものです。

裏付けはありませんが、歌やダンスを習っている段階から、オーラがあったのでしょうね。

そうすると、この先の「異例づくし」伝説も、ちょっと分かる気もします。

天海祐希伝説その2 入団1年目で新人公演主役に!

73期生として入団し、異例の速さでトップスターの座に駆け上がります。

入団後7年間は新人の期間です。

宝塚の公演の「新人公演」。

スターたちの役柄を新人さんが演じる機会があります。

その新人公演の主役を、天海さんは入団1年目で務めたんです!

さらに、初舞台(ロケットダンスを踊っていた頃)からたった6年半で、月組のトップスターとして輝いたんです!

入団後10年以内でトップスターになるジェンヌはほとんどいません。

スポンサーリンク

天海祐希伝説その3 ファンに媚びないお茶会!

宝塚スターの「お茶会」。

天海さんの人気は格別ですから、イベントは大混乱。

イベントの運営も良くなかったらしいんですが。

段取りの悪さにキレた天海さん。

写真を撮るなどしてもたもたしているファンに向かって。

「てきぱき動きなさい!さっさと終わらせれば、その分たくさんお話しできるんだから!」

塩対応?

ではないんです。

天海さんは、お茶会をガチで自分のトークショーにしたかったようです。

「お茶会」ですからね。

スターがファンとお話しする時間が長い方が良いに決まってます。

それをはっきり言っちゃった伝説です。
00000000000000000000000000000000000000000000000

天海祐希伝説その4 風のように、羽根を背負わず退団!

ところが、天海さんはトップスターになってから、わずか2年で卒業してしまいました。

一陣の風に舞う鳥のよう。

しかし、その都営の羽根を背負わなかった天海さん。

トップスターのサヨナラ公演には決まりごとがあります。

引退するトップスターは、フィナーレでゴージャスな羽根飾りを背負わなければなしません。

でも、天海さんは拒否!

劇場は唖然とし、ざわついたそうです。

自分らしくないから。

そして、フィナーレで天海さんはファンや観客に手を振り続けることなく、さっと仲間たちの方を見て、これまで共に頑張ってくれたことを感謝。

芸能人としては傲慢な態度ですが、これが天海さん流の生き方。

天海さんの中では優先順位が違い、まず共に活動してきた仲間を優先したわけです。

あらゆる意味で例外的なジェンヌだったんですね。

スポンサーリンク

天海祐希伝説その5 平等にファンを愛した!

宝塚の慣例では、退団時もファンクラブからの融資でイベントが開かれるそうです。

派手なパレードをしたり、ゴージャスなパーティを催したり。

しかし天海さんは、ファンクラブの全員へ、感謝として同じワイングラスを贈った
伝説です。

ヅカファンの中には序列があり、ファンに贈り物をするにも差がつくのが普通です。

ファンクラブに入っても、ファンにヒエラルキーがあったりします。

天海さんは、それを全く無視し、平等にファンに感謝したわけです。

天海祐希が演じた主な役柄は?

天海さんの愛称は「ゆりちゃん」。

本名の、中野祐里さんからです。

初舞台は1987年雪組公演「宝塚をどり讃歌/サマルカンドの赤いばら」です。

さらに、「サマルカンドの赤いばら」新人公演で、バルフ王子役を演じ、異例の役どころでした。

その後、月組に組替えします。

月組バウホール公演「青春の旋風~リトル・ヒーロー三四郎」で、準主役のブーン役に抜擢。

年末公演「ミー・アンド・マイガール」で入団一年目にして新人公演で初主演しました。

1989年、ニューヨーク公演メンバーに選出。

1991年には月組2番手になります。

1993年には、初舞台から6年半で月組トップスターの座に。

史上最速のトップ就任から、大地真央を上回る男役と言われたそうです。

1995年、28歳で「ミー・アンド・マイガール」で卒業しました。

この間の細かな役柄は調べ中です。

分かり次第追記します。

天海祐希 宝塚時代の動画はある?

「ベルサイユのばら~オスカル編~」と、退団時の映像がありました!

「ベルサイユのばら」では、涼風真世さんがオスカル、天海さんがアンドレを演じています。

天海祐希 宝塚時代の伝説が人気度の証明!動画は観られるの?まとめ

  • 天海祐希は異例の宝塚スターだった。
  • 天海祐希は多くの伝説を作った。
  • 天海祐希は異例の速さでトップスターになり、わずか2年で卒業した。
  • 天海祐希は個性が強い。

こうした宝塚時代があって、今のすごい女優、天海祐希があるのですね。

根性あるなあ…!

天海さんをリスペクトしてジェンヌになり、最近退団した七海ひろきさんの記事も書いています。

よかったらご覧ください。

七海ひろき退団その後は?東京千秋楽ライブビュー観劇報告と皆の感想!

天海さんに関する記事はまた書きます。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする