大坂なおみさんに惹かれるのはなぜ?「ありがとう」「ごめんなさい」

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テニス・全米オープンで日本人初の優勝を飾った大坂なおみさん!

あの決勝戦の興奮と、表彰式での涙、忘れられませんね。

引用:プリ画像 Happy.Mさんのサイト

ネット上では、テニスに関係ない質問をする日本人記者の品格や、大坂さんの国籍などが話題に上っています。

しかし、大阪さんはまぎれもなく日本人です。

なにより彼女が【日本人の慎み】【日本語の美しさ】を20歳の若さにしてしっかり身につけていると感じられたのが、表彰式です。

「戦ってくれてありがとう。」「勝ってしまってごめんなさい。」

チャイナオープンの準決勝の後、セバストワ選手にも「ごめんなさい。」と謝ったそうです。試合中の態度が悪かったと。昔はテニスは「貴族のスポーツ」と言われ、マナーを重視しました。しかし、最近はパワーテニスの時代になり、感情的になったりラケットを投げたりする行為も珍しくなくなってきています。見ている方の年齢によっても受け止め方が違うと思います。Twitterに批判もありましたが、大坂さんしっかり反省していました。

この「ありがとう」と「ごめんなさい」が、日本人の品格を表す言葉であり、日本で普通に暮らしている私たちも、ともすれば忘れてしまいがちな美しい言葉です。

もちろん「ありがとう」も「ごめんなさい」も使います。問題は、使う場面と使い方です。

今回は、日本人の慎みの心と日本語の美しさを「ありがとう」「ごめんなさい」と、安易に使いがちな「すみません」の3つの言葉をとおして考えてみようと思います。

目次

  1. 「ありがとう」の由来と使い方
  2. 「ごめんなさい」の由来
  3. 「すみません」の由来
  4. 「ごめんなさい」と「すみません」の使い分け
  5. まとめ 美しい日本語を使うために

1.「ありがとう」の由来と使い方

「ありがとう」という言葉は、いろいろなランキングで1位になっています。例えば、

日本人の好きな言葉ランキング2013
仕事上言われていちばん嬉しい言葉ランキング2016
美しい日本語ベストテン2012
就職の面接で「好きな言葉」をきかれたときの答えランキング2018
母の日に言われて嬉しい言葉ランキング2018
妻が夫に言われて嬉しかった言葉ランキング2018

「ありがとう」と言われて嬉しくならない人はいません…と言い切っていいでしょうか?

「ありがとう」の語源は、

ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなった。 「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表した。

出典:『語源由来辞典』

高校の教科書で『枕草子』第72段「ありがたきもの」を学習し、国語の先生から何回も「この『ありがたき』は現代語の「ありがたい」じゃなくて「滅多にない」という意味なんだぞ。」と強調されたので、覚えていらっしゃる方も多いと思います。

また、次のような仏教の教えにも由来すると言われます。

あるときお釈迦さまは、お弟子の阿難に、
「そなたは人間に生まれたことをどう思うか」
と尋ねられました。

「はい、大変喜んでおります」
と答えると、
「どのくらい喜んでいるか」
と聞かれます。

どのくらい喜んでいるか、といわれると、
言葉で表現するのは大変です。

あなたは人間に生まれたことをどう思いますか?
100万円もらったのと比べると、どちらが喜んでいるでしょうか?
大学に合格したり、結婚するのと比べたら、
どっちが嬉しいでしょうか?

阿難尊者も、どういったものか困っていると、
お釈迦さまは、「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」
といわれる有名なたとえ話をされています。

「太平洋のような広い海に、目の見えない亀がいる。
その目の見えない盲亀が、100年に1度、海面に顔を出すのだ。
広い海には一本の丸太棒が浮いている。
その浮木の真ん中には小さな穴がある。

阿難よ、100年に1度浮かび上がるこの亀が、
波のまにまに風のまにまに東へ西へ、
南へ北へとただよう丸太棒の穴に、
頭を入れることがあると思うか?」
「お釈迦さまは、残念ながら、それは到底ありえません」
「では、絶対にないと言い切れるか?

「絶対ないかと言われれば、何億年、何兆年、幾億兆年の間には、
ひょっと顔を出すことがあるかもしれませんが、
ないといってもいいくらい、難しいことです」
阿難が答えると、
「よいか、阿難よ。私たちが人間に生まれることは、
この盲亀が、浮木の穴に頭を入れることがあるよりも、
難しいことなのだ、有り難いことなのだよ」
といわれています。

出典:『仏教ウェブ入門講座』

つまり、「めったにないことを神や仏、あるいは天から与えられる」というニュアンスがあるわけです。

大坂なおみさんは、自分が目標としてきたセリーナ・ウィリアムズと、しかも全米オープンの決勝で戦うことができた、そのことを「ありがたく」思っていた気持ちのあらわれが、あの「Thank you.」だったのではないか。私たち日本人はそれを日本人の本質の部分で理解できたから感動したのではないでしょうか。

一方、現代の私たちは「ありがとう」を安易に使いすぎてはいないでしょうか。

何の本だったか忘れてしまったのですが、レジを打つ女性が「ありがとうございました~」と言いながら、心の中では「別にありがたくなんかないんだけどさ、しごとだからさ。」とつぶやく場面がありました。

マニュアル化された「ありがとう」には、人の心を打つパワーがありません。同じレジの仕事をしている方でも、心をこめて「ありがとうございました。」を言ってくださる方がいらっしゃいます。そうした真摯さを忘れて連発する「ありがとう」は美しくない日本語です。

大坂なおみさんのように「ありがとう」の本質を自然に表現できる日本人でありたいですね。

2.「ごめんなさい」の由来

【ごめんの語源・由来】 許す意味の「免」に尊敬の接頭語「御」がついた言葉で、鎌倉時代から見られる。 本来は、許す人を敬う言い方として用いられたが、室町前期には許しを求める言い方で、相手の寛容を望んだり自分の無礼を詫びる表現になっていった。ごめんなさいの「なさい」は、動詞「なさる」の命令形で、「御免なすって」の「なすって」と同じ用法である。 挨拶で用いる「ごめんください」は、許しを請う「御免させてください」の意味が挨拶として使われるようになったもの。

出典:『語源由来辞典』

3.「すみません」の由来

すみませんは、動詞「済む」に打ち消しの助動詞「ぬ」がついた「すまぬ」の丁寧語「すみませぬ」が元の形で、打ち消し「ぬ」を「ない」に替えた形が「すまない」である。 「済む」は「澄む」と同源で、澄むの「濁りや混じりけがなくなる」といった意味から、済むは「仕事が済む」など終了の意味でも用いられ、「気持ちがおさまる」「気持ちがはれる」といった意味も表す。

「それでは私の気が済みません(すみません)」といった用法は、「気持ちがおさまる」の打ち消しで、「気持ちがおさまりません」「気持ちがはれません」となる。

相手への謝罪に用いる「すみません」も、相手に失礼なことをしてしまい、そのままでは自分の気持ちが澄みきらないことを表す。

感謝の意を表す「すみません」は、「何のお返しも出来ずすみません」の意味からか、「心が澄みきらない」の意味から離れ、謝罪を表すようになってからの表現である。

「すみませんが○○してください」「ちょっとすみません」など、依頼や呼びかけの際に用いられる「すみません」は、軽い謝罪の意味からと考えられる。

出典:『語源由来辞典』

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4.「ごめんなさい」と「すみません」の使い分け

最近では、「ごめんなさい」と「すみません」の使い分けが微妙になってきています。

語源からすると、「ごめんなさい」はExcusu me.謝罪と相手からの許しを請う表現になります。「すみません」はSorry.で、自省の言葉になります。

また、その場で謝って済むことは「ごめんなさい」、済まないことは「すみません」と使い分ける、という考え方もあります。

また、「すみません」には謝罪だけではなく、感謝の気持ちを伝える時や呼びかける時にも使います。だから、謝る時には「ごめんなさい」がいいのではないか、という意見があります。

いっぽう、例えば江戸時代には、「ご免」は自分と同等以下の人に使う言葉だから、目上の人には「ごめんなさい」を使ってはいけない、と言う考え方もあります。

もちろん、「すいません」「すんません」等は音便といって崩した言い方なので、仲間内で使うものです。ビジネスシーンでは「ごめんなさい」も「すみません」もNGです。話し言葉なら「申し訳ございません」「たいへん失礼いたしました」、書き言葉なら「心よりお詫び申し上げます」等、大人の表現が常識なのはみなさんもご存じかと思います。

私は個人的には「すみません」は使わないように意識しています。「ごめんなさい」や「ありがとう」に置き換えて使うほうが誤解が少ないと思うからです。例えば、レジで店員の方に「ありがとうございました」と言っていただいたら、「お手数おかけしました」とお返しするようにしています。

最近では、コンビニでも無言、それどころか一日中だれとも言葉を交わさずに生活している方も多いと聞きます。ちょっとした言葉掛けが日本の伝統であることを再確認しなければならない時がきているのかもしれません。

5.まとめ 美しい日本語を使うために

大坂なおみさんが表彰式で「勝ってしまってごめんなさい。」とおっしゃったのは、地元で、圧倒的な応援に応えられなかったセリーナさんの心中を思いやってのお言葉だと思います。私のような若輩の者が優勝するのは畏れ多い、という謙虚な気持ちも自然にお持ちだったのではないでしょうか。

「ドヤ顔」という言葉が使われていますね。スポーツでもそれ以外でも、勝者が「どんなもんだ!」と威張る表情を言うようです。日本人にとっては、古来「ドヤ顔」は見苦しいと考えられていました。今でもそう感じておられる方がたくさんいらっしゃると思います。いわゆるガッツポーズが相撲や武道の世界で許されないのも、日本人の謙虚さ故であるし、負けた相手の健闘をたたえる気持ちからだと考えます。

「日本語が乱れている」という声を耳にします。「ら抜き言葉」などは市民権を得つつあります。言葉は変化していくものですから、自然なことかもしれません。ただ、日本人が大切に育ててきたさまざまな思いやりの心を失わないように伝えていきたいですね。

英語にダンス、プログラミング。IT社会を生きる私たちには必要なことなのでしょう。けれども、同時に日本人のアイデンティティーも教育していくべきだと考えます。そして、そのアイデンティティーが相手を思いやる言葉やしぐさに顕れていくのではないでしょうか。

日本人の謙虚さ、日本語の美しさ。大切なことを大坂なおみさんの涙と英語が思い出させてくださいました。東京2020に向けて、オリンピック誘致が決まった瞬間の感動、「おもてなし」の心に磨きをかけていきたいですね。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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