ナマハゲ ユネスコ無形文化遺産に!十の「来訪神」の姿は?

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2018年11月29日、「男鹿のナマハゲ」など「来訪神 仮面・仮装の神々」がユネスコ(国連教育科学文化機関)の無形文化遺産への登録が決定しました!嬉しいお話です。

10の「来訪神・仮面・仮装の神々」って、どんな神様なのか、まとめました。

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1年に1度季節の変り目に人々の世界に来訪して,豊饒や幸福をもたらすとされる神々。

来訪神信仰は世界各地で広く行われており,日本でもまれびと信仰として盛んである。

来訪神の多くは人々が仮面仮装した異形の姿で現れるが,日本では,東北・北陸地方のなまはげの系統のものや,九州のトシドン,ボセ,沖縄のミルク,パーント,アカマタクロマタ,マユンガナシ,フサマラーなどが知られている。

沖縄八重山のアカマタクロマタは赤や黒の仮面をつけ,木の葉で身体全体をおおった姿で出現し,村人の歓迎を受けたのち,村中の各家をまわってきたるべき作物の豊饒をもたらすと信じられている。

仮面仮装する者の多くは若者であり,また特別の資格をそなえた村人である。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

「まれびと」とは、外部からの来訪者のことです。

日本には古来、外部からの来訪者(まれびと、まろうど、異人、客人)に寝る場所や食事を提供して大切にする風習がありました。

その根底には、「まれびと」を異界から来た神と考える「まれびと信仰」があり、「来訪神」の印が仮面であったり仮装であったりするわけです。

また、日本の「おもてなし」の精神も、この「まれびと信仰」から生まれたと考えることができます。

文化遺産に登録される10の「来訪神 仮面・仮装の神々」とは、どんな神様でしょうか。調べてみました。

目次

  1. 男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)
  2. 吉浜のスネカ(岩手県大船津市)
  3. 米川の水かぶり(宮城県登米市)
  4. 遊佐の小正月行事(山形県遊佐町)
  5. 能登のアマメハギ(石川県輪島市・能登町)
  6. 見島のカセドリ(佐賀県佐賀市)
  7. 甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)
  8. 薩摩硫黄島のメンドン(鹿児島県三島村)
  9. 悪石島のボゼ(鹿児島県十島村)
  10. 宮古島のパーントゥ(沖縄県宮古島市)
  11. 十の来訪神、仮装・仮面の神まとめ

1.男鹿のナマハゲ(秋田県男鹿市)

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 ナマハゲとは、秋田県の男鹿市とその周辺に伝わる伝統的な民俗行事です。

また、異形の仮面をつけ、藁などで作ったケラミノ、ハバキと呼ばれる衣装をつけ、ナタや出刃包丁を持った神の姿そのものも「ナマハゲ」といいます。

「男鹿(おが)のナマハゲ」として、国の重要無形民俗文化財に指定されています。

「ナマハゲ」が家々を廻り、「泣ぐ子はいねがー」等と声を上げながら練り歩き、家に入って子どもや家人を探します。家人は正装で出迎え、「ナマハゲ」をもてなします。

かつては小正月(1月15日)の行事でしたが、大晦日の行事になりました。

正確な発祥は不明ですが、Wikipediaによると、秋田には、「漢の武帝が男鹿を訪れ、5匹の鬼を使役していたが、正月15日だけは鬼たちが解き放たれて里を荒らし回った」という伝説があり、これをなまはげの起源とする説がある、と説明されています。

ただ、「ナマハゲ」は鬼ではなく来訪神です。

地域によって形は少し違いますが、 赤面と青面の1対の場合が多く、赤面をジジナマハゲ、青面をババナマハゲと呼ぶそうです。 

囲炉裏にあたってばかりいると手足に「ナモミ」 「アマ」と呼ばれる火斑ができることがあり、それを「剥いで」怠け者を懲らしめるという意味で、「ナモミ剥ぎ」から「なまはげ」 「アマハゲ」 「アマメハギ」 「ナモミハギ」などと呼ばれるようになりました。

本来、来訪神は厄を祓い豊穣をもたらすものですが、「ナマハゲ」の場合は子どもへの教育的な意味をもつものと思われているようです。

「ナマハゲ」は地域の未婚の男性が扮する決まりですが、最近では後継者不足や、「ナマハゲ」を家に入れたがらない家が増えたことなどで、観光的なアイコン化してきているといいます。

無形文化遺産になることによって後継者不足が解決するといいですね。

2.吉浜のスネカ(岩手県大船津市)

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 「吉浜(よしはま)のスネカ」は、岩手県大船渡市吉浜地区で毎年1月15日の小正月に行われる行事です。

やはり始まりは定かではありませんが、「ナマハゲ」との共通点があります。

独特なお面をかぶった「スネカ」役の若者が、藁の衣装を着け、地域を練り歩き、家々を訪れます。

「スネカ」の衣装には地元特産のアワビの殻が付いているため、歩くたびに「ガラガラ」音がするため、人々は「スネカ」の来訪を知るそうです。

やはり、厄除けとともに子どもたちが怠け者にならないように教育する意味があると考えられています。

名前の由来も「ナマハゲ」同様、囲炉裏にあたってばかりいるとできる脛(すね)にできる火斑をはぎ取ってしまう「脛皮たぐり」が語源とされています。

最近は保存会ができ、国の重要無形民俗文化財にも指定されています。

3.米川の水かぶり(宮城県登米市)

「米川の水かぶり」は宮城県登米市東和町米川に古くから伝わる火伏せ行事(火事に遭わないように行う神事)で、毎年2月の初午に行われます。

米川の五日町の男性たちが、顔にかまどの煤(すす)を塗り、藁で作った装束を身につけ来訪神に変身します。

明確な起源はわかりませんが、伝承の間に成人儀礼(成人になるための儀式)の意味も併せ持つようになりました。

装束は、「米川の水かぶり宿ブログ」によると、 わらみの・腰みの・藁冠・しめなわ・あたま・わっか(わ)から成り、しめなわの一形態と考えられているそうです。

来訪神に扮した男性たちは、桶の水を家々に掛けながら地区を周って火伏せを祈願します。

人々は男性たちが身に付けたわらを引き抜き、家の屋根に上げるなどして火伏せのお守りにします。

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4.遊佐の小正月行事(山形県遊佐町)

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遊佐の小正月行事とは、「アマハゲ」「鳥追い」「ホンデ焼き」など、山形県遊佐町吹浦地区の女鹿・滝ノ浦・鳥崎集落に伝わる一連の民俗行事です。

「アマハゲ」は、「ケンダン」という藁を何重にも重ねた蓑(みの)をまとい、鬼や翁の面をつけた若者が、現在では正月に家々を回って子供の怠け心をいさめたり、お年寄りの長寿を願ったりする行事です。

3集落に伝わる「アマハゲ」は、共通点も多いのですが、面の表情や家での振る舞いなど集落ごとの特徴もあります。 

 遊佐町教育委員会のHPによると、冬に囲炉裏(いろり)にあたってばかりいると手足にできる火斑(ひだこ。火に長くあたったときに皮膚にできる赤いまだら模様のこと)のことを方言で「ナマミ」「アマミ」といいます。

「アマハゲ」とは「火斑を剥ぐ」という意味であるとされています。火斑を剥いで怠け心を戒め、勤労を勧めるとともに、厄災を払い、無病息災を願う意味合いがこめられていると説明されています。

「ナマハゲ」などど共通しています。

「鳥追い」 は、ヨンドリ・ヨナカドリ・ヨアケドリ・アサドリの4回行われ、青年や子どもが太鼓に合わせて鳥追い唄を歌いながら集落内をまわる行事ですが、今は行われていない集落もあります。

ホンテ焼きは、門松や注連縄などとともにケンダンを焼く、全国各地に伝わる「どんど焼き」のような行事です。

こちらも少子化により行われていない集落があるそうですが、ユネスコ無形文化遺産登録が復活のきっかけになるといいですね。

5.能登のアマメハギ(石川県輪島市・能登町)

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 石川県輪島市と鳳珠(ほうす)郡能登町に伝わる民俗行事で、「アマメハギ」「メンサマ」などと呼ばれる天狗や猿の面をつけた男たちや子どもたちが家々委をを巡り、怠惰を戒め災厄を祓います。

「アマメ」は囲炉裏や火鉢にあたりっぱなしの怠け者の足にできる火斑のことをさすのは、1~4の民俗行事と共通しています。まじめな日本人らしいですね。

6.見島のカセドリ(佐賀県佐賀市)

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 「見島(みしま)のカセドリ」は、佐賀市蓮池町の見島地区で小正月に行なわれます。

「カセドリ」とは、神から使わされた雌雄つがいのにわとりだそうです。

毎年2月の第二土曜日の夜、土地の独身男性2人が藁蓑を着て、手甲と脚絆、白い足袋や笠を身につけ、カセドリに扮装します。

 「カセドリ」は、まず熊野神社の拝殿に走り込み、先が細かく割られた長さ.約1.7メートルの竹を床に激しく打ち付けます。

それから「カセドリ」は地区内の家々を順に訪れ、その年の家内安全や五穀豊穣などを祈願して、拝殿同様竹の先で家の床を打ちます。

その後、家人が酒や茶などを振る舞い、カセドリは顔を伏せたままそれに応えすのですが、このときにカセドリの顔を見ると幸せになるといわれるため、家人はカセドリに顔を上げさせようと、底の深い器を接待に用いるそうです。

この竹で厄払いをする仕方が他に例がないため、民俗学上も注目される来訪神です。

7.甑島(こしきじま)のトシドン(鹿児島県薩摩川内市)

「トシドン」とは、「歳神」を意味します。

甑島に伝わるものが有名で、10の「来訪神」のひとつに入りました。

トシドンは鬼のような顔の神様で、普段は天上界に住んで下界を眺めています。

特に子どもを見守っています。

毎年、大晦日の夜になると山の上に降臨し、首切れ馬(首のない馬の化身)に乗って鈴を鳴らしながら家々を回り、その年に悪さをした子どもを懲らしめます。

そして「歳餅(としもち)」を与え、去って行きます。

「歳餅」は人に一つ歳を取らせる餅で、お年玉の原型といわれています。

「トシドン」はシュロの木の皮などで作った衣服をまとっているため、南方の文化の影響も考えられます。

やはり、子どもへの教育的な役割を果たしていたと思われます。

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8.薩摩硫黄島のメンドン(鹿児島県三島村)

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 「メンドン」は「八朔(はっさく)太鼓踊り」で島の男たちが扮する仮面神です。「八朔太鼓踊り」は旧暦の8月1日(八朔)、2日に行われます。

 踊りは旧暦の8月1、2日に行われます。

神社前で若者らが鉦や太鼓をたたいて踊る中、赤い面をかぶった「メンドン」約10体があらわれ、踊り手のじゃまをしたり、住民や見物人を木の枝でたたいたりします。

「メンドン」の「メン」は「天下御免」の「免」ともと言われ、たたかれると厄払いになるとかえって喜ばれます。

「メンドン」は1日には神社を出入りしながら駆け回り、2日には島を一巡する太鼓踊りの列の先頭に立ち、海に向かって災厄を追い払う所作をします。

その後、神社に戻り、締めの踊りと「花開き」と呼ばれる直会(なおらい。食事会)をして祭りは終わります。

9.悪石島のボゼ(鹿児島県十島村)

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 トカラ列島悪石島の「ボゼ」は、お盆の終わりに現れます。

一説にはお盆の行事のまとめとして人々を新たな生の世界に再生させる役目を持つといい、また、お盆にご先祖様と一緒に現世にやってくる悪霊を追い祓うという説もあります。

 盆の最終日翌日にあたる旧暦7月16日に、若者が赤土と墨で塗られた異形の面を被り、ビロウ(ヤシ科の植物)の葉の腰蓑を巻き、手首や足にシュロの皮をあててボゼに扮します。

手に持ったボゼマラと呼ばれる長い棒は、男性器を表すそうです。再生の祭りにみられる「生」「誕生」の象徴と思われます。

午後に島内の聖地とされるテラ(墓地に隣接する広場)を出発した3体のボゼが、島の長老の呼び出しと太鼓の音に導かれ、島民が盆踊りに集まっている公民館前の広場に現れます。

主に女子供を追い回し、子どもを驚かせます。

「ボゼ」はボゼマラの先端についた赤い泥水を人々にこすりつけて廻り、悪霊を祓います。

また、泥水を付けられた女性は子宝に恵まれると言われます。

テラでの踊りの後、「ボゼ」の仮面は壊され、人々は悪霊が祓われたことを喜ぶ酒宴を楽しむそうです。

10.宮古島のパーントゥ(沖縄県宮古島市)

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 正式名称は「パーントゥ・プナハ」と言います。

宮古島の方言でパーントゥは「鬼や妖怪」、プナハは「悪霊払いの祈願のお祭り」という意味です。

百数十年前、島原地区の海岸にクバの葉に包まれた仮面が流れ着き、その仮面を被った若者が神聖な井戸の泥を全身に塗り、神様となったというのが起源だそうです。

「パーントゥ」が年に1回全身に神聖な泥をまとい、その泥を容赦なく人々に塗り、悪霊を祓い無病息災を願う儀式が「パーントゥ祭り」です。

村の若者が扮する「パーントゥ」は全部で3体、集落にあるかつては出産の時に必ず産湯として使われたという神聖な泉「ンマリガー」の泥を全身にまとい、人々を襲い始めます。

この泥はとても臭いそうです。

異臭を放つ体に蔓(シイノキカズラ)で作った箕を巻き、恐ろしい仮面を付けた全身真っ黒な「パーントゥ」は、人々を襲い無病息災を祈るだけでなく、新築の家に取り憑く悪霊を祓う役割もあるので、家に上がり込み容赦なく泥を塗っていきます。

家主はお酒をふるまいもてなします。

大人も子どもも観光客も、「パーントゥ」の泥からのがれることはできません。

この縁起の良い泥は水で落とせるものの、強烈な臭いが残るそうです。

そのため近年観光客とのトラブルにより、直前まで日程が発表されなくなりましたが、例年10月の週末に行われているようです。

11.十の来訪神、仮装・仮面の神まとめ

 全国に残る「まれびと信仰」の中で、主に東北と九州・沖縄に残る10のインパクトのある来訪神とその神々を迎える祭りがユネスコの無形文化遺産に登録されることになったのは、祭りの存続のためにも喜ばしいことだと思います。

 近年、子どもが怖がるから「ナマハゲ」等の来訪を断る家も少なくないと言います。

少子高齢化、地方の過疎化で来訪神に扮する若者が減っていることも問題になっています。

これらの民族行事が続いてきたのは、ひとつには子どもの躾(しつけ)のためでもありますが、異世界(神の国、常世)から訪れる異形の神を畏れ敬い、大切にもてなすことで、身の汚れを祓うという大切なしきたりだったからです。

祭りというハレの日だからこそ、ハメを外した行動も許され、歓迎されたのでしょう。

 グローバルスタンダードが謳われる現代ですが、私たちが求める世界は均質化・均一化された世界ではないと思います。

10の来訪神に限らず、私たちの生活に確かに受け継がれてきたはずの、原始の神への畏敬の念、もてなしの心が失われるのは哀しいことだと考えます。

改めて、身の回りを見直してみませんか?

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

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